愛なる命の光 満ち溢れる
  • 人のオーラというか、存在感に左右されない

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    scissors
    9月 18th, 2009ふくちゃんシアワセのありか

    人にはオーラというか、存在感というか、

    その場の存在にエネルギーを持っている。

    たとえば、複数の人の集団の中で、
    場を仕切っている人がいる。

    それは会社の役職とか、立場ではなく、
    その場の人としての存在の大きさで、
    何かとその場の中心にいる人がいる。

    会話にその人が入っていなくても、
    無言の力で、いい意味でも悪い意味でも場を仕切る人もいる。

    それもどれも、オーラと言ったり、
    存在感と言ったりするね。
    そして、人はそのオーラを自然と感じている。
    人は、人のオーラをドラゴンボールのスカウターのように
    感じ自然と力関係を計っている。

    ?
    たとえば、ある人(Aさん)がその場から離れ、
    帰宅するとします。
    Aさんは、みんなにさようならとお別れの挨拶をするが、
    実は、みんなにではなく、その場を仕切っているZさんにしている。
    そして、存在感の無い、NさんはAさんにとって眼中にないので、
    挨拶がNさんに聞こえたのかは関係ない。

    あくまでも、Zさんに挨拶をしているのだ。

    これって、たとえ話だけど、多くの人は、これに当てはなるんじゃないのかな。
    あなたも、力関係を見て、挨拶してませんか?

    僕は、これが大嫌い。
    大嫌いというのは、僕自体がその力関係に流され、Zさんに挨拶しちゃっているからね。

    Nさんにも、立場の弱いMさんにも挨拶しようよ、僕。

    ?

    僕は今、あえて組織に属さない、個人自営業です。
    だからこそ、人のオーラは感じつつも、それで不平等に人と接するのは
    できるだけ避けたいと思っている。

    どんな人も、同じ、平等に。
    そうありたい。

    ?

    ふくちゃん

One Response to “人のオーラというか、存在感に左右されない”

  1. 同感です。

    私の場合は、全員に挨拶します。
    というのも20代営業職をしていて、
    力関係の弱そうにみえるNさんやMさんが、
    後々商談の障害になることを経験しました。
    必ず、極力声をかける癖がつきました。
    私は万人に平等に、と極力努力しているつもりです。
    (パーフェクトかどうかわからないけど)

    このテーマそのものの人が、mixiコミュの人間関係から
    発生し、思い切って退会しちゃいました★
    牧場、頑張ってください!

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始まりの詩 遠つ御親より流れくる 尊き血よ、蘇り給え いよいよ旅立ち、始まりの時 全ての神々が立ち上がらん 日の本の国の真の夜明けぞ 日の本の国の真の目覚めぞ 遠つ御親より織り込まれたる 血の流れによる国造りは 今この時の為にありしことと まっこと知るが良い 各々の血の流れに役割あり その役割を果たすが為に 汝らは生まれたのじゃ 役割毎に神があり 役割毎に汝らがおるのじゃぞ 復活の産声は小さき声であるが この産声はきっと人々の心に届くぞよ それは血に響き渡り 一人、一人とその輪を広げ 歓喜の波となり 地球を覆い尽くすのじゃ 喜べ喜べ汝らが待ち望んでいた 真の神の復活ぞ 真の神の顕現ぞ 血の意味を知り 血の力を呼び興せよ 遠つい縁の契りによりて 生まれ出たる我が子らよ 父の呼びかけによりて目覚めよ そしてその契りい生命を生きよ 全ては調和に内に始まり 全ては調和されるのじゃ ワッハハッ 全ては定めじゃ 全ては順調に進んでおるぞ 心配するでない さぁ始まりぞ 祭りじゃ、祭りじゃ 神祭りじゃ